■.秀一さんとソファーで眠る

 秀一さんが、ソファーで眠っている。腕組みをしたまま、仰向けに。海外から取り寄せた大きなソファーでも、膝を折らないと収まりきらないようで、少し窮屈そうなのが可愛い。しばらく見守っているけれど、ぴくりとも動かないから本当に眠っているようだ。

「わっ……」

 今日は一日休みだと言っていたから起こす必要はない。むしろ、せっかく眠っているのだから起こすべきではないのだけど、朝食を食べたあとこうしてお昼寝をしている姿は同棲して初めて見るから、足が自然と秀一さんの方へ向かっていた。

 俄かに信じがたくて、顔を覗き込むけれど反応はない。確かに、最近ずっと帰りが遅くて目の下の隈もより濃くなっていた。きっと、私が想像つかないくらい大変な毎日を過ごしているのだろう。仕事の話は自分からは聞かないけれど、ピリついた雰囲気を感じる夜も何度かあった。

「かわいい……」

 でも今、私の目の前で眠る秀一さんの寝顔はとても穏やかだ。少し唇が開いていて、ちょっぴりあどけなくも見える。いつもは隙の無さそうな秀一さんがこんなにも無防備でいるのだから堪らない。写真に収めたいな。でもスマホは今、充電中で遠く離れた床の上だ。仕方なく、私は目に焼き付けるために必死に気配を押し殺す。でも秀一さんのウェーブがかった髪が彼の顔に掛かっていて、どうしても気になった。

「っ……わっ!」

 静かに伸ばした筈の腕は、一瞬の内に秀一さんに掴まれていた。痛くは無いけれど突然のことに身体がビクンと揺れてしまう。そのまま腕を引かれて、私は慌ててソファーに片膝を付いた。

「しゅ、秀一さん……!」

 彼は片目を開けて、満足そうに口元を上げている。寝起きらしい表情に、やっぱりさっきまで本当に眠っていたんだと思うと少し申し訳なくなった。

「……もう、っ」

 でもこんな悪戯をする元気があるならと、私は思い切って秀一さんに覆いかぶさる。両足を床から離して全体重を乗せてみても、彼は当然びくともしない。

「ごめんね……私、起こしちゃったね、?」

 表情を伺うように見上げると、秀一さんは薄く口を開けて笑っている。少し気怠さの混じった色っぽい微笑み方に、胸の奥がきゅんとした。

「くくっ……心配はいらない。随分と前から起きていたよ」
「ん、でも……っ私だって気づいてたんだよ、起きてるって」
「その割には、目が驚いていたな」
「うっ、それはっ……だって、倒れそうだったから」

 秀一さんは、そうか、と一言口にするとまた瞳を閉じた。背中に腕が回される。私も秀一さんにギュッと抱きついて、しばらく心臓の鼓動を聞いていた。

「名前……」
「ん〜?」
「……俺は、名前がいないと眠れないんだ」

 甘えるような、そんな言葉に胸の奥が詰まる。顔を上げて、秀一さんの顔を確認するけれどその瞳は閉ざされたまま。でも、その表情は言葉の意味から想像するよりも穏やかで安心する。こうして湧き上がってくる感情はきっと母性にも似たものだ。嬉しくて、愛おしくて、堪らない。もっと密着したくなって身体を寄せると、秀一さんは私の背中を撫でてくれた。

「ん……いいよ、秀一さん……寝て?」

 そう言うと、彼はごそごそと服が擦れる音をさせながら背凭れの方へと寄っていった。その意図が読めた私は、秀一さんの上から降りて、その空いた手前のスペースに寝転ぶ。秀一さんに後ろから包まれるような形になっていると、一気に安心感に満たされた。

 こうして大人二人が横になるくらい大きなソファーを選んで本当に良かった。身体を縮こませる必要はない、けれど寝返りが自由に打てるほどのスペースもない此処では、二人がくっついている必要があって。それが丁度いい。

「このソファー、買って良かったな」
「っ、ん!今ね、私も同じこと思ってたんだ」
「……そうか、ならば尚更良かったよ」

 そう言いながら、秀一さんは私を腕の中に閉じ込めるように力を入れた。まるで離さない、と伝えているようで、私は彼の手に上からそっと自分の手を重ね合わせる。

「でもね、秀一さん……夜はちゃんとベッドで寝なきゃだめだよ?」
「……そうだったな」
「うん、」
「気兼ねせずできる」
「……え?」
「だが、今はいいだろう?こうしていても」

 こんな冗談を言う秀一さんはいつもと変わらないけれど、ここまで気を抜いている姿は新鮮で、愛おしくて。とにかくずっと、幸せな気持ちに満ち溢れて笑みが隠せない。背中を向けているのだから、きっと気づかれていないはずだ。

「うん……おやすみ、秀一さん、っ」

 私は秀一さんの手に自分の手を重ねる。何か特別なことはできないけれど、こうしてお互いの体温を味わうようにただ寝転ぶだけで十分な気がした。これからも秀一さんの心が休まる場所になれていたら嬉しいな。そう思いながら、私も静かに目を閉じた。